Keiko Fujii

小さい頃から、器用だった父親の影響で細かい作業や手芸が大好きだった藤井さん。

18歳で結婚され、二人の子どもにも恵まれて、仕事に子育てにと忙しい生活を送っていました。

そのころの夢は、好きなハンドメイドの資格を取り、ハンドメイドの先生になることでした。

ところが35歳のとき、突然に藤井さんを病が襲いました。

頭がガーンとしたかと思うと急に倒れ、救急車で病院に運ばれました。

くも膜下出血でした。

治療によって一命を取り留めたものの、後遺症で右半身に麻痺が残り、失語症などの高次脳機能障害も残りました。

右手が動かない。

右足がいうことを聞かない。

右目が見えない。

言葉がうまく出てこない。

当時妊娠していたお子さんも亡くし、自身も以前のような生活を送れない身体になったことで、藤井さんは大きなショックを受けられました。

その後も、家族がバラバラになってしまうなど、辛い経験が重なり、

「生きていること自体が辛い」

そんな感覚を覚えることも度々あったそうです。

病気から数年後のある日、藤井さんはふと思い出したかのように、昔のハンドメイドの雑誌や本の存在を思い出し、手にとって眺めていました。

すると、昔やっていたハンドメイドの思い出が蘇り、

「できるかどうかわからないけど、もう一度やってみたい」

という強い気持ちが湧いてきました。

勇気を出して、雑誌に電話して問い合わせたところ、片手で編み物を教えられる方として紹介されたのが平田のぶ子先生でした。

片手で編み物ができる「ユニバーサルかぎ針あみ〜ちぇ」を使いながら、いろいろな編み物ができるようになりました。


また、その頃、片手でできるというアクセサリーの教室の存在も知りました。

少し離れたところにあったため、車椅子で行くのに介護タクシーを使うとすごい金額です。

藤井さんは車椅子のまま電車に乗って通うことを決意し、その教室でアクセサリーの勉強も始めます。


頑張りの結果、編み物では障がい者の方に編み物の仕方を伝える「あみ〜ちぇインストラクター」の資格を、

アクセサリーではバリアフリーアクセサリー®︎の認定講師の資格を、藤井さんは取ることができました。

病気で障がいを負うことになった後にも関わらず、

「ハンドメイドの先生になる」

という若い頃の夢を藤井さんは叶えることができたのです。


現在、藤井さんは、料理や洗濯などの家事もこなしながら、編み物やアクセサリーだけではなく、洋裁やハーバリウムなど、さまざまなハンドメイドに挑戦し続けています。


今も辛い気持ちを感じることは度々あると藤井さんは言います。

けれども、ハンドメイドをやっている時は、自分自身が障がい者であることを忘れ、時間を忘れ、「こうやったらカワイイ」「こうしたらできる」ことに熱中できると。


そんな、強さを持った藤井さんの作品を、ぜひお楽しみください。